実家の嫁姑問題を小姑の目線から考察する

嫁と姑、それは訪れることのない世界平和。

知恵袋やインスタで見かける闇ほど深くはなさそうではあるものの、

我が家にも嫁姑トラブルのタネは存在します。

その問題を私、小姑が問題点のあらい出しと解決策を考えてみました。

あるあるネタ、もしくは進行形でお困りの方の参考ケーススタディとして読んでいただければと思います。

登場人物

小姑くま
小姑くま

筆者です

  • 3人兄弟の末っ子30代独身
  • 盆暮正月に実家にいる事があまりない為、発生現場は見たことがない
姑くま
姑くま

母です

  • 3人の子を育て上げた強い母ちゃん
  • 自分が信じる事が全て正しいと思いがち
舅くま
舅くま

父です

  • 昭和のスーパーサラリーマン
  • 口数は少ないのにひと言多い矛盾男
長男くま
長男くま

兄です

  • おだやか(良くも悪くも)
  • 大学卒業後、就職、結婚、子作り、一軒家購入
  • 昭和のモデルライフを淡々とこなす我が家の優等生
嫁くま
嫁くま

兄の嫁です

  • しっかりしてる
  • 長男が小学校に入るまでは専業主婦、今はパートで忙しい日々を送る
  • 兄とは学生時代からの付き合い

※「嫁」という言葉は個人的に好みではありませんが、今回嫁姑のトピックなので名詞として嫁と表現します。

ケーススタディ:我が家の場合

問題の原点である姑の不満をあげてみます。

姑の言いぶん:嫁の気が利かない

姑くま
姑くま

長男一家が遊びに来たとき、嫁は全く動かない。

毎月泊まりで来るのに、いっさいの家事をやらない。

ご飯の時も後片付けはせず、ゆっくりテレビを見ている。

自分のお皿はまとめて台所には運ぶけど、他のお皿は全くさわりもしない。

自分のだけじゃなくて、他のお皿もまとめて、台所に運ぶくらいの気遣いはしてくれてもいいんじゃないか?!

おかしくない?!

よくあるネタです。

私が嫁の立場だった頃は…と自身がこなしてきた嫁業との比較をする、ありがちなやつ。

姑の言いぶんに対する舅の言いぶん

舅くま
舅くま

姑の言いたいことは分かる

確かに嫁は動かない。

しかし手伝ってほしいのなら、ひとこと手伝ってくれと伝えればいいのでは?

小姑くま
小姑くま

この意見に100%同意

この時点で問題の解決策が見えましたが、それができないから揉めてるんです。

舅の言いぶんに対する姑の反論

姑くま
姑くま

それは姑の立場からは言えない。

気を使うべきことであって、言われてからすることではない。

なぜ私がそこまで言わなければいけないのか。本人が自ら気づくべきこと。

姑には姑のプライドなのか、意地なのか、自分の中でのルールがあるようです。

手伝って欲しいと言われてやるのと、何も言われずに動くのとは意味が違うと主張していますが、分からなくもないですね。

嫁は気が利かないのか、あえて何もしないのか

嫁がなぜ義実家で動かないのか、小姑が嫁の立場で考えてみました。

嫁はゲストだから

姑は長男一家が来る際、家の掃除を完璧に済ませ、一家を完全にゲストとして迎いいれます。

招かれたゲストであれば、あえて率先して家事はしませんよね。

以前に断られたから

これは以前、嫁が何かしようかと申し出たところ、姑はきっぱり断っています。

嫁は普段家事に子育てに忙しいので、実家に来た時くらいはゆっくりして欲しいと、日頃から姑は本心で言っています。

小姑くま
小姑くま

ここは大きいポイント。働かなくていいて言うてる。

台所を触られるのが嫌な人もいる

台所を人に触られるのを嫌がる人もいますよね。

姑がそのパターンかもしれないと嫁は思っているかもしれません。

なんなら一度断られているので尚更です。

姑が何を求めているのか分からない

姑からの物言わぬ圧力は何かしら感じている可能性はあります。

ただ姑から何も言われないので、何が不満なのか、何をすれば良いのか分かっていないのかもしれません。

外野席の役割

兄は鈍感スター

好きなように子供と遊び、実家での食事は据え膳下げ膳で何もしない。

舅とお酒をだらだら飲んで実家を満喫しています。

実母が自分の妻に不満を持っているのを知ってか知らずか、毎月実家に帰ってきては、しこたまお酒を飲んで過ごします。

小姑くま
小姑くま

ここまで書いて気づいた

兄が動けばいいのでは…?

姉小姑・妹小姑はピンチヒッター

姉小姑・妹小姑がいるときは家事を手伝いますので、その時は大きな問題にはなりません。

お皿をまとめて欲しければ、大きくなった兄の子に手伝うよう言うこともあります。

ただ姉子姑は家庭があり、私もそれなりに生活があるので、兄一家の帰省に合わせて毎度実家に帰ることは無理があるし、問題の根本的な解決にはなりません。

このケーススタディでの問題点

ここまでで問題として、大きく不満を感じている人は2名

姑くま
姑くま

嫁が気を使わないことに対して不満

舅くま
舅くま

嫁が気を使わないことで姑が機嫌を悪くするから不満

嫁くま
嫁くま

なんか嫌われてる?

問題の原因を探る

嫁が気をつかわないこと

そもそも「気をつかう」という抽象的すぎる言葉は具体的に何なのか。

具体的に嫁はどのように姑に気をつかうべきなのか。

断られても毎度「何かできることはありますか」という言葉かけかもしれないし、

はたまた自宅と同じように義実家に滞在中も家事を姑とこなすことなのかもしれません。

姑は嫁に求めすぎか

家事やご飯の準備は手伝わなくてもいいけども、食後のお皿をまとめて台所に運ぶ程度の手伝いはしてほしいという、絶妙なさじ加減の手伝いを望む姑。

それもお願いされたからやるのではなく、自発的に、お皿をまとめて運ぶ事が嫁の気のつかい方だと主張しています。

小2の孫に手伝ってもらえるレベルのお手伝いを希望する姑の望みは、決して求めすぎではないです。

ただ「察するべき」というのは次元の違った要求です。

京都人に「坊ちゃん、ピアノ上手にならはったなぁ」と言われたら

「すんません、ご迷惑をおかけしてます」と答えが決まっているように、知っている人のみが攻略できるレベルの難題ではないでしょうか。

鈍感な兄も有罪

実母の性格は知っているはずの兄。

背中から滲み出る不機嫌を感じ取り、ねぎらいの言葉や気の利いたひとことをかけない兄も悪いです。

毎月のように帰省するのはいいですが、子供にお手伝いをさせるなど、家事の負担を減らすことを考えてあげればいいのに、と妹の立場からは兄への不満が募ります。

解決策を探る

1. 素直に手伝って欲しいと言う

なぜ姑が「手伝ってほしい」のひとことを言うのを頑なに拒むのか、私には理解できません。

姑に手伝ってほしいと言われて、断る嫁はまずいないでしょう。

「気をつかってほしい」というのが最終的な目的であっても、姑が思う気をつかう行動は「食後のお皿をまとめて台所に運ぶ」ことです。

姑が望む「自ら気づいて気をつかうこと」を、十数年してこなかった実績があるのです。

今後も嫁が気をつかう可能性は低いので、姑は何を望むかヒントくらいあげてもいいのではないでしょうか。

2. 実家でご飯を食べない

大人4人と子供2人の食事の準備から後片付けは、老婦人にとっては重労働です。

いつも家族のご飯作りをかんばっている嫁に楽をしてほしいと、母は心から思っています。

それ故、張り切ってあれもこれもと作ってしまい、頑張りすぎて毎度ぐったり疲れている母を見ると、朝昼晩3食の用意は体力的にも限界があるのが明白です。

孫には手作りのものを、と手料理を振る舞いたい母の思いは理解できますが、外食かテイクアウトで楽をすることを覚えるべきです。

母の思いとは裏腹に、孫は外食で大いに喜びます。

3. 兄にしっかりしてもらう

嫁は自身の実家に帰省する際には、おそらく少々の家事手伝いはしているはず。

姉や私が帰省した際には手伝うのに、なぜ兄だけが何もせずご飯を食べるのでしょうか。

今は令和、男も家事をする時代です。

母はなぜか嫁に手伝って欲しいと思っていますが、そこは息子に働いてもらう方がフェアです。

やるべきでない事

兄へ嫁のグチを言う

これだけは、やってはいけない。何も良くならない。

母はバカではないので、兄に嫁の愚痴を言うことは絶対にありません。

ただやはり人間、溜まった不満を吐き出したい時もあるので、父や娘にこぼしてしまうこともあります。

父は余計なひとことが多く、無意識・無差別に人を傷つけてしまうことがあるので、酔っ払った勢いで何かやらかしてしまわないかが心配です。

まとめると

固まった思い込みは押し付け

人に対してこうあるべきと思い込むのは母の勝手ではありますが、

母の思う「こうあるべき」から外れた人に対して「非常識だ」と非難するのは押し付けでしかありません。

母の言わんとすることは分かるけれども、「嫁は気を使うべき」「嫁は察するべき」と嫁のできていないことを娘に愚痴るよりも、

自分がどうして欲しいかを伝える方が平和なのではと思うばかりです。

嫁と会話ができないわけではなく、孫の話題で尽きないほど話し込んでいるのなら、

「お皿まとめるの手伝ってくれる?」のひとことが言えないほどの関係性ではないでしょう。

年配の思考を変えることは不可能

他人の思考を変えることが洗脳でもしない限りできないのに、

年配の思考を変えるなんてまず不可能です。

残念ですがこの先「気の利かない」レッテルを貼られた嫁の評価が変わることはないでしょう。

小姑くま
小姑くま

浜村淳に説教でもされないと変わらない

最後に

兄の子供も中学生になり、毎月泊まりに来ることはなくなりました。

某ロックダウンも相まって、兄一家はかれこれ一年半ほど帰省していません。

さて我が家に平和が訪れたかというと、そうでもなく両親は兄一家の次の帰省を楽しみにしています。

「気を遣え」とういう、何ともふわっとした要求をする時点で、母は何が欲しいのか自分でも分かっていないのかもしれません。

だからこその「自分で気づいて動いて欲しい」という主張なのですが、結局は「気を遣う」というより「尊敬の意と感謝の言葉・態度」なのではないかと思います。

実際に家事を手伝って欲しいわけではなく「いつも迎えてくれてありがとう」という感謝の態度が見えないことを不満に思ってるように、私からは見えます。

感謝は人から言われてするようなものでもなく、「気を遣うこと」も相手に要求されてするようなものでもありません。

そうであれば母のいう「自分で気づくべき」という主張は正しいのかもしれません。

このことから、日頃より感謝の気持ちを言葉と態度で表現することを、今回のケーススタディでは「気を遣う」として定義することにします。

我が家のケーススタディで学んだことを活かして、未来の嫁姑戦争に挑みたいと思います。

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